皆さん初めまして。鴨下全生(かもしたまつき)です。今回のグローバル気候マーチに参加します。
僕は17歳。グレタさんと同学年です。8年前、小学校2年生の時に福島原発事故を受け、被曝を避けるために東京へ避難し、今も避難を続けている原発事故被害者でもあります。
放射能汚染被害の当事者なので、環境問題に関しても思う所があり、同い年のグレタさんがこの問題を訴えていることは、以前から知っていました。
この春、原発事故被害を伝えるために欧州へ講演に行った時にも、丁度3月15日を挟んでいたので、現地のデモを企画する高校生たちとの交流があり、この運動が世界に広がっていることを実感しました。
また、僕がローマ教皇に原発被害を伝えに行った1ヶ月後に、グレタさんも、バチカンの同じ場所で、教皇に気候変動問題を伝えていた事を知り、不思議な親近感を抱いています。
原発へも温暖化ガスの問題へも、科学は十分な警告を発してきました。しかし為政者や権力者らは、身勝手な思惑によって、ぐずぐずと問題を先送りし、いつまでも良い方へ舵を切りません。
僕は原発事故当事者として、自分達の未来がそんな無責任な大人達によってどんどん壊されていくことに、絶望し、どうにかして変えようと動き始めました。
今回は気候変動デモですが、そこだけにフォーカスすると、原発は温暖化ガスを出さない発電方法だから、むしろ推進すべきだ、という意見が出てしまいかねないので、敢えてここで原発の話をさせてもらいます。
そもそも、原発は動かしているだけでも高濃度の放射性廃棄物を生み出し続けます。そして、そのゴミは、処理に何十万年という途方もない時間がかかり、子ども達の将来の宿題として積み上げられていくのです。更に、一度(ひとたび)事故が起これば、広範囲の放射能汚染、という壊滅的な被害をもたらします。
8年前の事故は、美しく豊かだった福島を、僕から奪いました。住み慣れた家を離れさせられ、引っ越しや転校を繰り返し、同級生からのいじめ、社会からの差別に怯え、将来の病気を心配し、心から安らぐことのできない日々。そんな長く辛い避難生活を、僕らは今も続けています。
しかし、避難ができた僕はまだよかったのかもしれません。8年前の事故で東日本の広範囲が汚染されましたが、為政者や権力者の歪んだ思惑によって、その情報は殆ど伝えられず、多くの人は酷い放射能汚染の実態を知らされぬまま、今なお、じわじわと被曝させられています。もちろん子ども達も。それが何より辛いです。
だから僕は、気候変動への警告と共に、脱原発、脱被曝も呼び掛けたいと思っています。
気候変動の影響も、被曝の害も、その多くは時間が経ってから顕著になります。どうしようもない被害が出てから何かしようとしても手遅れなのです。
悔しいけれど、今、これらの問題から逃げている大人達の多くは、その罪がもたらす本当の被害を見ないうちに、先に寿命が来て死んでしまうでしょう。しかし、そんな逃げ方が赦されるのでしょうか?
儲けるだけ儲けて、たくさんの嘘をついて、そのつけを全部僕たち子どもに背負わせて、先に死んでしまうなんて酷すぎます。
望むと望まざるとにかかわらず、僕たちはこれから、大人達の世代のしりぬぐいをしながら生きなくてはならないのです。せめて、これ以上嘘や隠し事はやめて、生きているうちに、とれる責任を果たしてほしいのです。
大人の中には僕たちのデモや、金曜日の学校ストに対して、疑問に思う人もいるでしょう。まだ子どもなのだから「今は未来のために、勉強をしたほうがいい」と言う人もいるでしょう。その人たちに言わせてください。
今、その僕たちの未来が大人たちの手によって奪われているのです。もちろん、勉強をすることは意味のあることです。しかし、今はそれどころではない、と、危機感に押しつぶされそうになった子ども達が、世界中で声をあげているのです。
これ以上、大人達に任せておいたら、自分たちの未来が大変なことになってしまう、そうなってからでは取り返しがつかない、から声をあげているのです。この気持ちは、僕だけでなく、今回のデモに参加する人たち皆が、共有する思いなのだと思います。
僕が政治に求めるのは、誠実さです。嘘や隠し事に逃げずに、自分が死んだあとのことに責任を持って欲しい。目先の利権に囚われず、真剣に僕たちの未来について考えて欲しいのです。
ともすると絶望しそうになる今の情勢の中で、この途方もない闘いに、世界中の子ども達がまだ諦めず、呼応し、デモに向けて準備していることを希望に思います。